先輩はメタボである。


2009年08月25日(火)

“はじめての日本史” 第5話

時刻は8月16日・午前10時。
いよいよ今日は最終日。
関ヶ原古戦場に出発です。

この旅の最終目的地であり、
最も予備知識なく訪れる関ヶ原。

「観光地として成立しているのか?」
「ひょっとして、ただの野原か?」
「そもそも、楽しいのか?」

何ひとつわからないまま車は西へ。
地図上の が唯一の希望でした。
石碑くらいはあるんじゃないか、と。

司馬遼太郎著 『関ヶ原』
隆慶一郎著 『影武者徳川家康』
この2冊の歴史小説を読まなければ、
生涯訪れることはなかったでしょう。


そんなこんなで車を走らせると、
関ヶ原町歴史民族資料館” を発見。
ズラリと並ぶ旗指物に大興奮です。


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資料館内の陳列品の中には、
有力武将の兜・甲冑・太刀の複製品や
合戦図屏風・軍記の写本など、
興味深いものが多数ありました。

しかし、最も僕たちを興奮させたのは
関ヶ原合戦の大パノラマでした。

ここでは、各武将の布陣や戦闘の経緯が
ナレーション付きで解説されており、
合戦を具体的にイメージさせてくれます。


また、いい感じに俗っぽいのも魅力でした。
とにかくお土産のノリが軽いこと。
竹下通りみたいなもんですよ。

各武将の家紋をモチーフとしたグッズが
これでもかと並んでいました。
カンバッヂ、ピンバッヂ、メモ帳、Tシャツ、
旗の置物、コップ、灰皿…
そして何故か、開運のクリスタル。

しかし、完全に浮き足立っていた僕たちは
まんまとグッズを買い漁ったのでした。
(ちっくしょう。)


館内のガイドマップを見ると、
周辺に多数の石碑も存在するとのこと。
よかったよかった。

帰りの時間も気になってきたので、
近場を中心に3ヶ所だけ行ってきました。

上から順番に
徳川家康最後陣跡
決戦地
石田三成陣跡


徳川家康最後陣跡

決戦地

石田三成陣跡


石碑がある場所もさまざまで、
公園の一角にあったり、道端にあったり。
わりと気軽にあるな、という印象でした。

そういえば、会社の近くの公園にも
ラジオ体操発祥の地という碑が立っています。
石碑ってそういうものなんですね。


石田三成陣跡がある笹尾山には
登ることもできるんです。
石段を登れば関ヶ原を一望できるので、
三成と同じ景色を眺めることができます。


陣地からの眺望


個人的には 『関ヶ原』 を読んで以来、
三成びいきでしたからね。
ちょっと感慨深かったですよ。

彼はこの景色をどんな気持ちで見たのか?
なんて思ってみたりして。
まさに、歴史ロマンというやつです。


もうひとつ、石田陣地跡で興味深かったのは
蒲生郷舎の旗指物でした。
思わず写真を撮ってきてしまいました。


蒲生郷舎・旗指物


この紋を見てまっさきに浮かんだのは、
僕がこの世で3本の指に入ると思っている
日本航空の旧ロゴ “鶴丸” です。

いやいや、鶴丸マークの起源うんぬん
という話ではありませんよ。
数百年前にここまで優れた意匠があったことに
素直に感動したというだけです。


さて、名残惜しさはありましたが、
相棒は翌日からお仕事が再開します。
ということで、帰路に着くことになりました。

清水IC周辺と厚木IC周辺では
渋滞もありましたが、
すっかり感覚が麻痺した僕たちには
それほど気になりませんでした。

午後1時頃に関ヶ原を出発して、
午後8時過ぎには東京に戻っていました。
T-BOLANを熱唱しているうちに。


自宅に帰ってからはお疲れビールをしながら
それぞれのお土産のお披露目会を。

東京の空気の下で見るグッズたちに
思わず苦笑してしまいました。
「東京でならこれは買わないよ」 的な。


何にせよ、最高の旅になりました。
5日間もかける旅行なんて
本当に久し振りでしたからね。
移動はキチキチでしたけど。

無計画のわりに上手くまとまりましたし。
相棒との友情もますます深まりましたし。
やっぱり旅は、メンツ次第だな!

…結局、どこでもいいのか。

<おわり>



中華風仕切線

ムック氏より

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