先輩はメタボである。


アーカイブ [ 2009年08月 ] 記事一覧
2009年08月31日(月)

安易に遺伝に逃げるべきでない。

日曜日の昼下がりに
全くすることがなくて、

外出するのも
何となく億劫で、

テレビのチャンネルを
適当にいじって、

結局手が止まるのは
ゴルフ中継で、

中継をはしごするうちに
夕方になっている。


現役時代の父親と
全く同じパターンです。

親子って知らない間に
似てくるんですね。
(こんな時ばっかり。)


洗濯するか?いや面倒。
掃除するか?いや面倒。
食事するか?いや面倒。
もういいや。
酒飲んで風呂入って寝よう。

これが、最低な休日の
黄金パターンです。

このパターンに陥る頻度が
最近増えてきている気がします。
大丈夫か、俺?


夏も終わりですね。



中華風仕切線

ムック氏より
2009年08月28日(金)

確かに 「見たい≒なりたい」 だ。

最近、コンビニなどの有線放送で
素敵な歌を耳にします。
イントロからとても印象的な曲で、
いっぺんに気に入ってしまいました。

家に帰って調べてみると、
長淵剛さんのニューシングル
蝉 semi』 だとわかりました。

早速 “You Tube” で調べてみましたが、
しっかり出てくるじゃありませんか。
男前なプロモーションビデオが。

自分の背丈ほどもある大きな筆で
“蝉” の字を書き上げる “長渕” に
すっかり目を奪われてしまいました。

こうなったら、学生時代に聞きまくった
CDを引っ張り出すしかありません。
なぜか高揚するんですよね、長渕。

   ・
   ・
   ・

彼の姿も非常に印象的だったのですが、
それ以上にツボにはまったものがありました。
画像の横にあったバナー広告です。

クリックしたわけではありませんが、
あまりの “わかってるっぷり” に
大笑いしまいましたよ。

自分の広告を出すべきところを
よく理解しているなぁと関心しました。

というより、バナー広告という枠を超えて、
画像とセットで1つの作品が完成するように
思えてしまいます。


マッスル願望


この画と長渕が並んでいる姿を
ぜひ皆さんも想像してみてください。

ね、面白いでしょう?



中華風仕切線

ムック氏より
2009年08月27日(木)

フードは被った方が男前なのか。

世界陸上ベルリン大会が閉幕しましたね。
皆さんは盛り上がりましたか?
僕は気が付いたら終わっていた感じです。

大阪大会と違って時差があったので、
あまりLIVEで見られませんでした。
なので、ちょっと消化不良感もあるんです。

とはいえ、選手の皆さんが死力を尽くして
戦う姿はとても感動的でした。
ありがとう、世界陸上。


ベルリン大会を振り返ってみると、
男子やり投げの村上選手(銅メダル)や
女子マラソンの尾崎選手(銀メダル)をはじめ、
日本人選手の奮闘が素晴らしかったですね。

しかし、強く印象に残ったのは、
やっぱりウサイン・ボルト選手でした。

北京五輪に続く3冠の達成と、
100m、200mでの驚異的な世界新記録。
歴史に残るであろうスーパースターと
同時代を生きているのは素敵なことです。


そして、やっぱり スピアモンの兄貴
200m走では見事に銅メダルを獲得し、
北京五輪の雪辱を果たしてくれました。

兄貴もまだ24歳と若いですからね。
これからもバリバリ頑張って欲しいです。
頑張れ、兄貴!!



中華風仕切線

ムック氏より
2009年08月26日(水)

多摩川の星 23

<第23話>
結果はともかく、区切りがつくのはめでたいことだ。



先週の土曜日のことですが、
我らが草野球チームの
春の公式戦が終了しました。

8チームが参加するリーグ戦で、
結果は 2勝 4敗 1分。
勝ち点 7の 6位となりました。

僕にとっては生涯初の草野球。
目にすることの全てが新鮮でした。
たくさん迷惑もかけましたけどね。
主に試合中。

しかし、戦績はどうであれ、
1つの大会を全員で戦い抜いたことは
大きな自信に繋がりました。


自分の成績が数字で表れるのも
とてもいい刺激になりました。
それがどんなに悲惨な結果であっても。

根本的に自分の成績が数字になることは
嫌いじゃないみたいです。
営業職のクセみたいなもんでしょうか。


【2009年前期・個人成績】
試合数 打席数 打  数 安  打
14 40 35 7
打  点 四死球 盗  塁 打  率
4 5 2 .200








来月からはさっそく秋の公式戦が
スタートするようです。

前期の成績を基に目標設定をして、
「打率を.250にあげる!」
と宣言してみました。

すると、チームメイトほぼ全員から
「まずはまともなスイングを」
と言われちゃいました。

結果をどうこう言うレベルではないようです。
ちぇっ、空回りだぜ。



中華風仕切線

ムック氏より
2009年08月25日(火)

“はじめての日本史” 第5話

時刻は8月16日・午前10時。
いよいよ今日は最終日。
関ヶ原古戦場に出発です。

この旅の最終目的地であり、
最も予備知識なく訪れる関ヶ原。

「観光地として成立しているのか?」
「ひょっとして、ただの野原か?」
「そもそも、楽しいのか?」

何ひとつわからないまま車は西へ。
地図上の が唯一の希望でした。
石碑くらいはあるんじゃないか、と。

司馬遼太郎著 『関ヶ原』
隆慶一郎著 『影武者徳川家康』
この2冊の歴史小説を読まなければ、
生涯訪れることはなかったでしょう。


そんなこんなで車を走らせると、
関ヶ原町歴史民族資料館” を発見。
ズラリと並ぶ旗指物に大興奮です。


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資料館内の陳列品の中には、
有力武将の兜・甲冑・太刀の複製品や
合戦図屏風・軍記の写本など、
興味深いものが多数ありました。

しかし、最も僕たちを興奮させたのは
関ヶ原合戦の大パノラマでした。

ここでは、各武将の布陣や戦闘の経緯が
ナレーション付きで解説されており、
合戦を具体的にイメージさせてくれます。


また、いい感じに俗っぽいのも魅力でした。
とにかくお土産のノリが軽いこと。
竹下通りみたいなもんですよ。

各武将の家紋をモチーフとしたグッズが
これでもかと並んでいました。
カンバッヂ、ピンバッヂ、メモ帳、Tシャツ、
旗の置物、コップ、灰皿…
そして何故か、開運のクリスタル。

しかし、完全に浮き足立っていた僕たちは
まんまとグッズを買い漁ったのでした。
(ちっくしょう。)


館内のガイドマップを見ると、
周辺に多数の石碑も存在するとのこと。
よかったよかった。

帰りの時間も気になってきたので、
近場を中心に3ヶ所だけ行ってきました。

上から順番に
徳川家康最後陣跡
決戦地
石田三成陣跡


徳川家康最後陣跡

決戦地

石田三成陣跡


石碑がある場所もさまざまで、
公園の一角にあったり、道端にあったり。
わりと気軽にあるな、という印象でした。

そういえば、会社の近くの公園にも
ラジオ体操発祥の地という碑が立っています。
石碑ってそういうものなんですね。


石田三成陣跡がある笹尾山には
登ることもできるんです。
石段を登れば関ヶ原を一望できるので、
三成と同じ景色を眺めることができます。


陣地からの眺望


個人的には 『関ヶ原』 を読んで以来、
三成びいきでしたからね。
ちょっと感慨深かったですよ。

彼はこの景色をどんな気持ちで見たのか?
なんて思ってみたりして。
まさに、歴史ロマンというやつです。


もうひとつ、石田陣地跡で興味深かったのは
蒲生郷舎の旗指物でした。
思わず写真を撮ってきてしまいました。


蒲生郷舎・旗指物


この紋を見てまっさきに浮かんだのは、
僕がこの世で3本の指に入ると思っている
日本航空の旧ロゴ “鶴丸” です。

いやいや、鶴丸マークの起源うんぬん
という話ではありませんよ。
数百年前にここまで優れた意匠があったことに
素直に感動したというだけです。


さて、名残惜しさはありましたが、
相棒は翌日からお仕事が再開します。
ということで、帰路に着くことになりました。

清水IC周辺と厚木IC周辺では
渋滞もありましたが、
すっかり感覚が麻痺した僕たちには
それほど気になりませんでした。

午後1時頃に関ヶ原を出発して、
午後8時過ぎには東京に戻っていました。
T-BOLANを熱唱しているうちに。


自宅に帰ってからはお疲れビールをしながら
それぞれのお土産のお披露目会を。

東京の空気の下で見るグッズたちに
思わず苦笑してしまいました。
「東京でならこれは買わないよ」 的な。


何にせよ、最高の旅になりました。
5日間もかける旅行なんて
本当に久し振りでしたからね。
移動はキチキチでしたけど。

無計画のわりに上手くまとまりましたし。
相棒との友情もますます深まりましたし。
やっぱり旅は、メンツ次第だな!

…結局、どこでもいいのか。

<おわり>



中華風仕切線

ムック氏より
2009年08月24日(月)

“はじめての日本史” 第4話

時刻は8月15日・午前10時。
相変わらずへんな時間に出発。
いよいよ “伊勢神宮” へ。

奈良から伊勢までは約150km。
この微妙な距離を残すあたりに
無計画っぷりが表れていますね。


幸い大きな渋滞に巻き込まれることなく、
正午過ぎには伊勢神宮(内宮)に到着。

着いてまず驚かされたのは、
内宮前にある “おかげ横丁” の賑わい。
もっと草深い場所をイメージしていたので。


おかげ横丁


考えてみれば全国から大勢の人が
参拝に来るわけですからね。
こういう町が出来るのも当然でしょうか。

最初に見えたのは赤福本店。
僕は赤福が大好きなんです。
皆に買って帰りたかったんですけど、
赤福は日持ちしませんからね。

「いつまで日持ちしますか?(本当は)」
なんて聞いたら聞いたで、
もの凄く嫌な顔をされそうですし。

そんな余計なことを考えながら、いざ内宮へ。
残念だったのは宇治橋が修造中だったこと。
式年遷宮” の準備のためでしょうか。


さて、歩いていると見えてきましたよ。
五十鈴川の御手洗場(みたらし)が。
川の水がとても綺麗でした。


五十鈴川(御手洗場)


ここで参拝前に身を清めるそうです。
禊(みそぎ)ってやつですね。

昔は全身を清めたそうですが、
今でも口をすすいだり手を洗ったりして
身を清めることができます。


そのあとは神域全体をグルグルと。
旅のメイン地点ですからね。
見られるところは全て見てきました。

式年遷宮の紹介ビデオなんかは、
2人とも意外な程の食いつきようで
見てしまいましたし。

でも、社を記念撮影するのは
何となく憚られたので、
気が付けば木ばかり撮っていました。
雰囲気にのみこまれたかな?


神宮の森

神宮の巨木


一番奥にある御正宮へのお参りでは、
“二拝二拍手一拝” をやってきました。
(写真は撮れませんでしたけど…)

初めて知ったことなのですが、
この “二拝二拍手一拝” というのが
神社参拝の正式な作法らしいですね。
いい勉強をしました。

素直に行ってよかったと思いましたよ。
「日本を感じる」 というと大袈裟ですが、
京都の寺社仏閣とはまた違った感動を
得ることができたましたから。


さて、気が付けば午後3時30分。
お腹もすっかりペコペコです。

神域をひとまわりしたあとは、
遅めの昼食とお土産探しを兼ねて
おかげ横丁を散策しました。

食事処を物色していると、
“松坂肉のステーキ牛丼” の看板が。
「やっぱ、ここでしょう!」 ってことで
勇んで店内に飛び込みました。


ステーキ牛丼(上)


基本的に僕は味オンチです。
モノの違いなどはよくわかりません。

でも、気の利いたひと言くらいはと思って
「やっぱり松坂牛は違うねぇ」
なんて適当に発言しかけたその瞬間。
とんでもない文字が目に飛び込みました。


衝撃の事実


極上と上は松坂牛ではありません。


僕らが注文したのは当然 “上” ですから。
危ない…もう少しで恥かくところでした。

でも、ここまでハッキリ書いてありますからね。
店側には何の過失もありません。

お腹が空き過ぎていたのか、
神宮でのまれた状態を引きずったのか、
完全に僕たちの注意不足でした。

どちらにしろ、味の違いはわかりませんから。
恥さえかかなければオッケーです。


そんなプチ・ハプニングもありながら、
伊勢神宮も満喫することができました。
さて、いよいよ明日は最終日です。
目的地は関ヶ原古戦場。

東京に帰ることを考えれば、
名古屋に向かって栄でフィナーレも
アリだったんですけどね。

「これを逃せば二度と行かないから」
という相棒の意見もあったので、
名神高速を西に少々逆送して
関ヶ原に向かうことになりました。

宿探しに相変わらず難航しながらも、
ようやく見つけた第3のスパ。
その名も “六条温泉 喜多の湯”。
ということで、岐阜市内へ出発です。


六条温泉 喜多の湯


伊勢自動車道の(世界の)亀山付近で
この旅最大の渋滞に巻き込まれながら、
午後11時頃にどうにか到着。

ここは都内の温泉施設と同じ雰囲気でした。
プール施設などは作っていなくて、
温泉一本で勝負している感じです。
客層は家族連れとカップルが中心でした。

最後の夜ということがあったのでしょうか、
その日はこの旅で初めて飲み過ぎました。

ペロンペロンに酔っ払って、
フラフラのままリクライニングソファに
なだれ込んでいたそうです。(相棒談)


関ヶ原古戦場に関しては
ほとんど予備知識をもっていない2人。
「小説で読んだし、行ってみようか」
というだけです。

「石碑くらいはあるんじゃん?」
「何もなければ、それもネタになるでしょう」

日本を二分した天下分け目の合戦場跡に
そんなテンションで向かう2人。
下調べも当然ゼロ。
お勉強の旅ではなかったのか?


相変わらずダラダラと長くなったので、
明日に持ち越したいと思います。
次回、大団円。

<もう少し、つづく>



中華風仕切線

ムック氏より
2009年08月21日(金)

“はじめての日本史” 第3話

時刻は8月14日・午前11時。
朝食を済ませて “ルーマプラザ” を出発。

目的地は “清水寺” に決定。
相棒が行ったことがないと言い張るので。

いやいや、僕は君と同じ中学校だよ。
清水寺は自由行動の集合場所じゃないか。
絶対に来たことがある筈なんだ。

などという問答でケラケラ笑いながら
坂を登りきって本堂に到着。


清水寺


隣を見ると相棒は浮かない顔。
その理由を聞いてみると、
「思ったよりも舞台が低い」 とのこと。
子供か。

相棒のテンションの低さもあり、
意外にサラッと清水寺は退散となりました。


次の目的地は “天橋立”。
翌日は伊勢神宮だというのに、
無理矢理の北上です。

今から思い返してみると、
この辺から旅がバタついてきました。

“おとなのお店” の女の子には
「天橋立→京都市内って来ればいいのに」
と言われました。

確かにそうだよね、僕もそう思う。
でも、仕方がないんだよ。
京都についてから決めたんだもん。

途中で初の渋滞に巻き込まれながらも、
日没に多少の余裕を持ちながら到着。

天橋立は日本三景の1つですからね。
嫌でも期待に胸が膨らみます。


天橋立


僕らが行ったのは “天橋立ビューランド”。
ここから眺める天橋立は “飛龍観” と
呼ばれているそうです。

それでは龍に飛んでいただきましょうか。
しかし、それにはあることが必要なんですね。
いわゆる “股のぞき” ってやつです。


股のぞき


こうやって逆さから見ることで、
天橋立が “天に昇る龍” になるわけです。

皆さんにも体感していただくために
写真をひっくり返してみましょう。
どうですか?見えますか?


天橋立(逆)


清水寺で傷心した相棒のコメントは、
「龍かは知らんが、感動的な眺めだ」
うん、僕もそんな感じだ。

龍かどうかはよくわからなかったけど、
確かに心に刻まれましたよ。
ありがとう、天橋立。


天橋立の次は奈良県へ向かいます。
行く先は、第2のスパ “奈良健康ランド”。


奈良健康ランド


決め手はスパっぽくなさ。
昨日は、風俗店風。
今日は、パチンコ屋風。
どうした?最近のスパ。

見た目の面白さで決めたものの、
奈良県のスパですからね。
伊勢へ向かう宿としては中途半端です。

でも、携帯のインターネットで検索するのも
限界があるだろうということで、
距離感も掴めないまま決めちゃいました。

ところがところが、行ってみたらビックリ。
ものすごい数の来場者が。

ルーマプラザは終電を逃した会社員が
駆け込むような施設でした。
しかし、ここは完全なるレジャー施設。
家族連れやカップルで大賑わいです。

とはいえ、やることは昨日と一緒。
プール施設などは完全スルーして
入浴、乾杯、就寝です。
あ、足ツボマッサージの初体験も。


明日はいよいよ “伊勢神宮” へ。
しかし、今日も記事が長くなってきました。
まさかの翌週持ち越しです。

いつまで続くんだ、これは。
このままだと止め時を逃してしまうぞ。

<来週に、つづく>



中華風仕切線

ムック氏より
2009年08月20日(木)

“はじめての日本史” 第2話

時刻は8月12日・午後7時。
意気揚々と自宅を出発しました。

時間の余裕と財政の窮迫のため、
1,000円割引非対象区間を避けて
厚木ICまで一般道を走ることに。

その後、食事や休憩を挟みながら
開通したての東名高速をひたすら西走。
時計が8月13日・午前6時を指す頃、
無事に京都に到着しました。


到着後、最初に向かった先は
第1のスパ “ルーマプラザ”。
風俗店みたいな外観に興奮する2人。


ルーマプラザ


さくっと入浴・乾杯を済ませて、
3時間ほど仮眠をとることにしました。

そして、真夏の京都市内へ。
“飛び出す” というよりも、
“這い出す” という体にて。


まずは、鴨川周辺を散策。
夜は川床で京料理をいただく予定のため、
その視察も兼ねてみました。


鴨川

先斗町


夏の日差しがまぶしく、
この旅の前途を祝福するようでした。

先斗町の町並みも素晴らしかったです。
新しい建物もちゃんと調和が取れるように
考えて造られていましたし。

さすがは島耕作も愛した町です。
“かつ子” 居ないかな?


次に向かったのは “金閣寺”。
実は、生まれて初めて訪れます。

金閣寺(舎利殿)

金閣寺(夕佳亭)


「なんも、言えねぇ」
圧倒的な存在感でしたね。
目の前に広がる庭園も見事でしたし。

境内にある夕佳亭も良かったです。
後水尾上皇に献茶をしたという挿話が
心にグッと来てしまいました。
隆慶一郎好きにはたまりません。

「金=下品」 などと決めつけて、
中学校の修学旅行時に訪れなかった
過去の自分が恥ずかしいです。


その次は “二条城” に行ってみました。
ここは、確か2回目だったと思います。


二条城(唐門)

二条城(二の丸御殿)


徳川家康の将軍宣下と、
徳川慶喜の大政奉還が行われた、
江戸幕府の開始・終焉の場所。

1つの権力の栄枯盛衰が
凝縮された場所なんですね。


もう1つ驚かされたのは、
庭園の一角で紅葉が始まっていたこと。


二条城(紅葉)


蝉の声をバックに見る紅葉は
なかなかオツなものでしたよ。

季節は確実に移ろっているんですね。
感動とともに一抹の寂しさも。
まだまだ夏を楽しみたいッス、僕。


気が付けば、あっという間に夕方。
宿(スパ)周辺に戻ることにしました。

京料理屋の予約時間までは
先斗町を改めて散策…と思ったところで、
この旅行中で唯一の降雨が。

何故だ?
僕たちはこんなにいい奴らなのに。

おかげで川床はおじゃん。
でも、おとなしく座敷で食べましたよ。
だって僕たち、“おとな” ですから。


最後に “おとな” のお店に寄り道して
長い1日(?)は終了です。

ルーマプラザでじっくり休んで、
明日以降に備えるのでした。
長くなったので、続きはまた。

<まだ、つづく>



中華風仕切線

ムック氏より
2009年08月19日(水)

“はじめての日本史” 第1話

先日いただいた夏休み。
高速道路の通行止めなどで
一時は実行が危ぶまれましたが、
計画通り旅行に行ってきました。

相棒は幼馴染にして同居人。
数年前、僕らの中で伝説化した
“すすきの散財旅行”
を戦い抜いた戦友(とも)です。

今回の旅行コンセプトは
“はじめての日本史” と決定。
そして、夜はおとなしく。

歴史小説をきっかけとして、
生まれて初めて日本史に興味をもった
31歳2人のお勉強の旅です。


先日の記事 でもご紹介したとおり、
最初に目指すのは京都方面。
宿はスパの泊まり歩きと定めました。

出発予定時刻を8月13日・午前0時とし、
8月12日は実家に車を借りにいくなど
旅行の準備をしながら、
仕事に行った相棒の帰りを待ちました。

今のうちに仮眠しようかと思った
8月12日・午後6時、
帰宅した相棒がこう言いました。

「高速道路に乗るか、降りるか、
どちらかが割引対象日なら
1000円になるらしいよ?」

できれば混雑する前に都市部を
抜けておきたいですからね。
「じゃあ、すぐに出発しよう」 ってんで
慌てて家を出たのが8月12日・午後7時。


こうして、心や荷物の準備が不十分のまま
旅行の幕が一気に下ろされたのでした。

<つづく>



中華風仕切線

ムック氏より
2009年08月18日(火)

夏休みはこっちだったか?

こんにちは、僕です。
夏休みをいただいていたので、
久し振りの更新になりました。

また今日からどうでもいい話を
綴って行きたいと思います。
どうぞ宜しくお願いします。


休み中は旅行に行っていたのですが、
その間に 世界陸上 が始まりましたね。
(リンク先のページは音が出ます。)

ということは、
今年も見ることができるわけです。
スピアモン兄貴 を。

兄貴はアメリカの短距離選手で、
200m走が専門の選手です。

昨年の北京五輪・200m走にて
ウサイン・ボルト選手と死闘を演じた、
アメリカの2人” のうちの1人です。

北京では決勝で3位に入っていたものの、
レーン侵害で失格になってしまいました。

北京以来のボルト選手の勢いは
ちょっと止めがたいものがありますよね。
200mでも驚愕の世界新の予感がします。
しかし、兄貴にもぜひ頑張って欲しいです。

8月18日~20日の男子200m走が
今から非常に楽しみです!
(この3日間は寝られないな…)


珍道中の模様も明日からしばらく
ご紹介したいと思います。

全くもって個人的な話ですが
日記的に記録しておくのもアリかな、と。
後日見返すかはわかりませんが。



中華風仕切線

ムック氏より
2009年08月11日(火)

雨だけは降らないで欲しい。

今朝は呑気に旅行の話をしましたが、
地震の被害が深刻のようです。

東名高速でも土砂崩れが起こり、
一部通行止めの区間があるそうです。
しかも、復旧の見通しも立っていないとか。

現場の写真を見る限りでは、
出発日までの復旧は難しそうですね。

旅行の計画変更は残念ですが、
被害に遭われた方々が少しでも早く
元の生活に戻られることをお祈りします。


以上、ひとり言でした。



中華風仕切線

ムック氏より
2009年08月11日(火)

ブログに書ける旅を祈念。

明日から夏休みをいただきます。
なので、明後日から旅行に行ってきます。

木曜日から日曜日の4日間です。
高速道路が1,000円ですからね。
巻き込まれてきますよ、渋滞に。

雑踏も渋滞も大嫌いなため、
混雑するとわかっている場所は
避けて暮らしている僕です。

しかし、圧倒的な価格の魅力と
「渋滞も社会勉強のうちだ」 という
わけのわからない説得を受けたことで、
この大勝負に乗っかることにしました。

とりあえずは東名高速へ。
目的地は決めていません。
当然、宿もとっていません。

理想は京都→伊勢とまわって
寺社仏閣を堪能したいな、と。


しかし、千葉県1周 すら
できなかった僕ですからね。
どうなるかは全くわかりません。

渋滞が嫌になれば
高速道路も降りてしまいそうです。

栄をスルーできるかどうかが
天王山となりそうです。


寺社仏閣 vs 繁華街(柔らかい表現)



中華風仕切線

ムック氏より
2009年08月10日(月)

DVDレコーダーが欲しくなった。

昨日、今秋の放送開始を心待ちにしている
NHKスペシャルドラマ 「坂の上の雲」 の
特番が放送されていました。

甲子園中継の中止を穴埋めするための
再放送だったようですが、
僕としては大満足の内容でした。

原作を読んでの印象とのギャップから
(僕の勝手なイメージですけど)、
初めてキャストを見たときは
「大丈夫か?」 なんて思っていました。

しかし、さすがはプロの役者さんですね。
本木さんも、阿部さんも、香川さんも、
僕の天邪鬼気味の危惧なんかは
あっという間に打ち砕いてくれました。

演技の一部を垣間見ただけですが、
「秋まで待てない!」 っていうくらいに
楽しみになってしまいましたよ。

できれば大河ドラマの枠で見たかったですが、
そこには色々な事情があるんでしょう。
3年越しの長丁場の放送になるようですが、
楽しみに待っていたいと思います。



中華風仕切線

ムック氏より
2009年08月07日(金)

異国に届け、僕の勇姿よ。

毎日通勤で品川駅を利用しています。
そこから山手線に乗るんですね。

朝・夕の品川駅はかなりの混雑ぶりですが、
山手線のホームも例外ではありません。

電車到着のタイミングが悪くて
内回りと外回りが同時に着いたりすると、
人が溢れてホームに下りることができません。

その姿はなかなかの見物だと思います。
1歩も動けないほどですからね。
人間ってこんなにいたんだと驚かされます。


先日も複数の電車が同時に到着し、
乗り換え、乗り継ぎの乗客で駅構内が
ごった返していました。

いつも見慣れた景色だと思いきや、
そこにはカメラを構えた外国人の姿が。
旅行客か何かでしょうか。

彼はホームの階段で人が溢れるさまを
半笑いで撮影していました。
僕もかなり良いポジションで写っている筈です。

「ニホンジンハ、タイヘンネ~」
「ゴクロウサマデ~ス」
という声が聞こえてくるようでした。

撮った写真をどう使うかは知りませんが、
遠い異国の地で偏った日本観が生まれることは
間違いないと思いますよ。



中華風仕切線

ムック氏より
2009年08月06日(木)

ほとんど予想で書いています。

素敵なウェブサイトを見つけました。
三文文士のネガティブ空間」 といいます。
どなたが作っているかは存じませんが、
書評のページがいたく気に入りました。

というのも、このページをきっかけに
今まで避けてきた本を読んでみようと
決心することができたからです。

その本の名前は 『功名が辻』。
山内一豊とその妻千代を中心とした
司馬遼太郎作の歴史小説です。

主人公は妻の千代で、
“内助の功” や “良妻賢母” がテーマ
…なんですか?
(いや、読んだことがないので)


というのも、以前読んだ司馬作品の中に
『戦雲の夢』 という本がありました。
土佐の戦国大名・長曾我部盛親を
主人公とした物語です。

その物語の中では、
「盛親のアイディアを盗んだ一豊の発言が
関ヶ原合戦に大きな効果を及ぼし、
それをきっかけに徳川家康の目に留まった」
的なことが書いてあったんです。

一豊はそれをきっかけとして、
関ヶ原合戦後に土佐の大大名に出世します。
よりによって、盛親の生国ですよ。

それ以来、僕は一豊が大嫌いです。
NHKの大河ドラマもスルーでした。
彼には気の毒なほど少ない材料での
判断となりましたけどね。


さて、そこで書評です。
そこにはこのような記述がありました。

「愛すべき山内一豊は、
人生の目標である国持ち大名になった途端に、
愛すべき人物ではなくなった。

  <中略>

人は、人生の目標をなし得たあと、
どのように生きるべきなのか。」


グッときましたよ。
特に最後の1文なんかは最高です。

確かに一豊も辛かったでしょう。
出世とはいえ他人の領地へ国替えされて、
叛乱や暗殺の恐怖と戦わなければならない。
力で民衆や家臣を抑えたくなる気持ちも
わからないことはありません。

恐怖にかられた一豊の心が壊れていき、
その心理描写を追っていく中で
逆説的に最後の1文がふと頭をよぎる
…んですかね?
(だから、読んだことないんですって)


「壊れていく姿を因果応報的に眺めたい」
という訳ではありません。
「成功した男の最後を見守りたい」
という方が近いかもしれないですね。

さらには、人生訓のようなものまで
拾えてしまうかもしれないじゃないですか。
人として。男として。
ぜひとも読んでみたい本になりました。



中華風仕切線

ムック氏より
2009年08月05日(水)

“背中で語る男” の駄目な方。

エスカレーターに乗っていました。
すると、前方から不思議な音が。
ブビビビビビ…

「ん?何の音だろう??」 と見上げると
焦りに焦ったおじさんの背中が。
きっと、あの怪音はオナラでしょう。

この世の中で “ブビビ” と音がするのは
オナラくらいのものです。

でも、それ以上におじさんの背中が
雄弁に語っていましたよ。
「やっべ~、やっちまった!」 って。


僕も経験があるからわかります。
僕は 「やべっ!」 と思って振り返ったら、
女の子と目が合っちゃいました。

おじさんはキョロキョロしなかっただけ
僕よりも肝が太い男でしたよ。


憧れはしませんけどね。



中華風仕切線

ムック氏より
2009年08月04日(火)

多摩川の星 22

<第22話>
気持ちはわかるが、どこか寂しい。



先週の土曜日のことです。
相変わらずの野球三昧でした。
大詰めを迎えた草野球リーグの
公式戦があったので。

結果は0対5の完敗。
しかも、1安打完封負けです。
初めて対戦する軟投派の左投手に
中軸打者もキリキリ舞いでした。

さて、そんな中で1安打を放ったのは
いったい誰なんでしょう??
信じられないかもしれませんが…
僕なんですね。
しかも、綺麗なセンター前ヒットです。


試合後のミーティング(大袈裟)では、
全員が悔しがっていました。
無安打に抑えられた自分自身に。
1安打に抑えられたチームに。

そして、皆が僕に言ってくれます。
「お前のおかげで助かったよ。」
「ノーヒットノーランは洒落にならないし。」

でも、言外に微妙に匂うんですよね。
「よりによって、お前の1安打か。」
「なおさら情けないよ。」
って。

いや、これは僕の妄想ですよ。
誰もそんなことは言っていませんし、
穿った見方だというのもわかります。

でも、ね。
なんかそんな気がするんだなぁ。


あ、わだかまりとかは皆無ですよ?
22日の最終戦も気合十分です。
記録員としてね。



中華風仕切線

ムック氏より
2009年08月03日(月)

子供の頃から楽太郎派です。

週末は 江戸川の花火大会 に行ってきました。
花火はとっても綺麗でしたし、
お酒もみんなで美味しく飲めました。

しかし、翌日はお酒が残ってしまったので、
ほぼ1日中ゴロゴロ過ごしていました。

ベッドの上に転がっていたのですが、
耳を澄ませば遠くで蝉の鳴き声が。
ジージー言っていたのでアブラゼミですかね?

「蝉しぐれ」 というほどではありませんでしたが、
今年初の蝉の声はなかなかのものでした。


以前は蝉の声に耳を止めることなんて
ほとんどなかったんですけど。

風流を理解する年頃になってきたのか?
なんて思ってみたのですが、
冷静に考えればただの二日酔いでした。

ボケ~ッとしていたら、
たまたま耳に入っただけですね。

気が付いたら笑点が始まっていました。
「あぁ、今日も終わりか…」 ってね。



中華風仕切線

ムック氏より